去る5月末に、3年ぶりに日本産業衛生学会に参加した。
日本産業衛生学会は、産業保健に関連することが全て範疇に入るので、研究内容も多岐にわたる。
参加者も医師を中心に、看護・心理系・歯科系・理学療法系などのコ・メディカルや学術研究者が集結する大きな学会だ。
授業の合間を縫って、関係者との打ち合わせも兼ねて1日だけ参加した(領域の先生方ご理解ありがとうございました)。
前日遅くに福井に到着して前泊。
翌日は朝から学会特有の高揚した雰囲気の中で、旧知の人たちと話ができた(これもまた学会の楽しみ)。
打ち合わせを兼ねて同席した産業医と一緒に、
60歳以後の定年退職後の労働について考えるシンポジウムに参加した。
定年退職後の再雇用をしている企業の取り組みや、
高齢者の体力や運動能力に関する第一線の研究者の発表は、
コホート研究やエビデンスを基にした大変立派な発表内容で、
当初は参加予定にしていなかったが、介護予防に携わっていることもあって、興味深いテーマだった。
しかしどの発表にも高齢者の生活実態が見えてこないことに違和感を感じていた。
例えば、高齢者の活動を男女で比較し、
女性は生活行動(家庭内の活動)が多く、男性は運動行動(外で長く早く歩く)が多いため、
下肢の筋力に差がでて、女性は転倒しやすくなると。
高齢者の生活を知っている者からすれば当たり前のことだが、
加速度計を用いて活動量をMetz換算し統計処理をしてデータで示されると、なるほどと納得。
でも介護予防に参加する女性の高齢者が外を長く早く歩けないのは、
膝痛や骨粗鬆症による腰痛、外反母趾など身体的な要因があることを調べたことがあるため、
そのことを質問するとそういった要因は解析していないとのこと。
老齢期の特性から、歩かないのか・歩けないのかを分析することが大事だと思うのだけど。
ある演者は、外国のデータから働くことが生きがいとなり、
健康維持のために働きたいという高齢者が増えているという内容を示していた。
確かに働くことが生きがいとなることは否定しないけれど、
日本の高齢者が働きたいのは、生活のためであり生きるためでは?
悠々自適の生活を送っている高齢者は極少数で、
わずかな年金で爪に灯をともすような生活をしている高齢者の方が多いだろう。
するとシンポジウムの終了間際、みるからに高齢だとわかる男性が手を挙げ、
「私は86歳の高齢者であり、皆さんの研究対象の一人として一言発言したい」と静かに語りだした。
現在の高齢者の生活格差の大きさを例に挙げ、
エビデンスの活用も大事だが、今後このテーマに取り組むのであれば、
まずは日本の高齢者の実態を把握して、
その実態に対応した取り組みを考えていくことが必要ではないかと実に説得力ある言葉で語ったのだった。
シンポジウムの時間はオーバーしていたが、
会場の参加者も発表した研究者も、その言葉の重みを感じていたようだった。
そしてその男性の発言が終わると、大きな拍手が寄せられた。
最後に心地よいシンポジウムになった瞬間だった。