2010年9月13日月曜日

野宿の人々への支援フィールドワーク

8月26日と27日
猛暑の名古屋での野宿の人々の支援フィールドワークに参加しました。
看護職ボランティアやキリスト教系のNPOにお話を伺いました。


高速道路下の公園ゲートボール場、夜は、炊き出し会場となります。
市民が行き交っている生活道路のすぐ傍らで、散髪や生活相談などの支援活動が行われています。






8月26日は、南山大学のボランティアが炊き出しを担当し293人が利用されました。











健康相談は、ここでしています。
ここに来れば、なじみの人がいるという居場所づくりを兼ねた看護職のボランティア活動です。







自由に血圧や体重等を測るコーナーの横で、当事者のお話をゆったりと聴かせていただきました。











ささしま共生会「野の花」
6月に始ったばかりのデイケア施設です。








住宅街の一軒家で、入浴、シャワー、洗濯などを野宿の人々に提供し、憩いの場となっています。














「からし種の家」

知的障がいの特性を考慮に入れたシェアハウスです。







「ただいま」と帰れる人間関係の基地です。10歳代と50歳代の2人の住人にお部屋を案内していただきました。











「若宮大通公園」は、都会の真ん中、100メートル道路として知られています。

若宮大通の真ん中にある東西に長い公園で、名古屋高速2号東山線の高架橋に覆われ、高速道路下に、野宿の人々の生活根拠であるブルーシート小屋が点在しています。

高架橋下の部分に柵(トラ柵と呼ばれているらしい)を上手く利用して、衣類が干されていました。

2010年9月6日月曜日

東尋坊の夕日に思うこと

 8月27日に福井大学医学部の附属病院で開かれた放射線被爆医療のプログラムに参加しました。これは、日本災害看護学会のプレ企画による講演と演習で、日頃、イメージしにくい放射線被爆医療の現場に触れました。養生訓練と呼ばれた演習では、まず被爆者を運び込む部屋が汚染されないようにシートを床に敷き詰め、壁にも貼っていくところを見学しました。養生シートは意外と薄くて、こんなに薄くても効果があるということを知りました。


 次に、参加者の中から、看護師役が選ばれ、放射線の影響を受けないような服装を整えて行きました。オペ着の裾や袖口等を養生テープでぐるぐる巻きにして、放射線が全く入り込む余地が無いようにしていきます。もちろん、空いている背中も隙間が無いように養生テープが貼られていきます。顔にはゴーグルとマスク、頭には帽子を被ります。この時点で、もはや誰が誰だか分からなくなってしまいました。そのため、体の前後に名前を大きくマジックで書き、個人が識別できるようにしました。見るからに暑そうです。実際に看護師役になった人に話を聞くと、実はこの部屋、震える程にクーラーが効いていたのですが、完全なサウナ状態だったと言います。


 準備ができると「被爆した可能性のある患者」という設定の模擬患者さんが運び込まれて来ました。運び込まれる患者も養生シートで覆われていました。そこで、サーベイメーターという放射線の測定器具を用いて、放射線の測定を行うのです。もちろん、模擬患者さんですから、放射線に被爆してはいません。その代わりに、自然界にあり人体に影響がない程度の放射線を出している岩石を使って、サーベイメーターの変化を実地に体験しました。そして、汚染している部位が分かれば、その部位を洗い、改めてサーベイメーターで放射線を測定します。この過程を「除染(じょせん)」と呼び、これが済んで初めて一般の救急室へ搬送されます。


 座学で基礎的な知識を学んだ後の1時間半程度の演習でしたが、放射線が目に見えないものだけに念には念を入れて養生し、除染するたいへんさに圧倒されました。除染が済んでも、看護師役が着ていたオペ着なども放射性廃棄物として扱われます。安全を守るということが如何に多くの手順を踏みながら行われるかということを知りました。


 プレ企画に参加した帰りに、学会の事務局のみなさんのご配慮で、東尋坊に立ち寄りました。グッドタイミングで東尋坊から夕日をみることができました。その美しさにこころが洗われる思いがしました。海から吹き上げてくる風の心地よさを感じながら、安全を守ることの難しさと重要性を再認識したひとときでした。

2010年8月30日月曜日

我が家の猫


 我が家の猫「チイ」が来てから早や8年経過、人間の年齢でいえば48〜52歳である。
この頃では、居心地のいい場所で1日寝ていることが多くなった。何も芸もないが、姿が見えなくなると心配になる。私が食事をしていると、決まって横に座って私を見ている。私が家に帰ってくる自転車の音を聞きつけて、一目散に玄関に走りだし、ゴロゴロ言いながらすり寄ってくる。
外に行きたい時や、お腹が空いた時は、それぞれ違った独特の鳴き声で意思を表示する。愛くるしい猫チイの存在は、今年より娘が独立して夫婦二人の生活が始まり、更にその存在が大きくなっている。猫が我が家に来るまでは犬派だったのに・・・・・・

















我が家の猫「チイ」

2010年8月23日月曜日

超音波で見る食べ物はどんな形?



みなさん、超音波検査を受けられたことがありますか?
健康診断等で、「肝臓に脂肪が貯まっていますよ」と言われて、
ドキッ!
日頃の運動不足と食生活に反省することもありますよね。

では、超音波とは何でしょうか?
それは人には聞こえない音なのです。(周波数が2.5MHz~20MHzの音です)
音なので物に当たると跳ね返って来ます。
機械から音を出して、その跳ね返った音を解析して、画像を作ります。
そしてそれらの画像を見ていろいろと診断します。

これは、蓮根を寒天に埋めて、
寒天の上から超音波を当ててみました。
どうですか?
どう見ても蓮根でしょう。
蓮根の穴までしっかり分かりますね。











次に蛸の足を水槽に入れて水槽の表面から超音波を当ててみました。
蛸の吸盤がはっきり見えますね。
















人の身体の中もよく見えますよ。
オープンキャンパス、大学祭で見られるかもしれません。
大学に来てみて下さいね。

2010年8月16日月曜日

オートバイの楽しみ方

 昨秋に以前から欲しいと思っていたカワサキW650というオートバイを買った。1999年の発売以降いずれ新車でと思っていたが2008年を最後に排気ガス規制をクリアできないとのことで製造中止になってしまった。こうなると中古でもよいかと思い、垂水区のバイク屋に出物があったので買うことにした。家には、ヤマハSR500(1988年式)、スズキサベージ650(1987年式)通勤用スクーターのホンダリード110(2008年式)、そしてカワサキW650(2002年式)と日本の4メーカーのバイクが揃うことになった。結局、スクーター以外はすべて中古である。中古のいいところは年々厳しくなる排気ガス規制や騒音規制が製造時の規制をクリアしていればよいので、新たな規制に伴う馬力低下を免れることである。また中古の方が遠慮なくいじり回せる気軽さもある。








 



 オートバイの面白さは機械というハードをいじる楽しみと、旅というソフト面を楽しむ二面性がある。これはオーディオもしかりで自分でアンプを組み立てる楽しみと、音楽を聴く楽しみがある。写真のアンプは製作時に600Vで感電し半田ごてを持った腕がはじき飛ばされるという体験をしたアンプだがその分愛着がある。真空管アンプは回路が単純で真空管という素材自体が完成度が高いので、NFB(Negative Feed Back・負帰還)を多くかけなくてもよく、球を割らない限り故障もなく飽きが来ないのが魅力である。

 W650で5月の連休に京都の専門学校で教員をしている友達と福知山で待ち合わせ、但馬海岸の香住まで約100kmを一気に走り「かに市場」で昼食をとる。さすがに日本海だけあり魚が新鮮で旨い。帰りは日本海を左手に見ながら城崎まで走り、混雑する豊岡を避けて久美浜~但東~福知山までハイスピードで走り抜けた。福知山で別れて国道175へハンドルを切る。

 18歳で免許をとり原付バイクばかり乗っていた。当時はヘルメット着用義務がなく開放感があったが、ある時期から安全上50ccにもヘルメット着用が義務化された。それならいっそのこと自動二輪免許をと思い免許を取ったという単純な動機であった。当時は教習所でとれる免許は中型限定で大型までは考えていなかった。

 ホンダVT250Zを購入しあちこちと走っているうちに、もう少しパワーがほしく思い、ホンダVF400Fというバイクを中古で買い、残雪の大山へ出かけたりと次第にバイクの気儘な旅が面白くなってきた。









   
    夏の諸寄





 しかし、中型では長距離のツーリングや高速道路を使うときに限界を感じてきた。そこで明石の川崎重工のテストコースでの練習会や、運転免許試験場で白バイ隊員が指導する練習会などに何回も通い1年後には「中型限定」を解除し自動二輪(限定無し)になった。数年前までは自動二輪免許は一本でどんな排気量でも運転できる限定がないもの。条件として小型や中型に限る「小型限定」「中型限定」などがあった。「眼鏡」も同じく条件である。だから、中型限定で大型に乗っても無免許運転とはならず「条件違反」になっていたので反則金も僅かであった。ところが数年前の改正で二輪免許が小型、中型、大型と分かれてからは無免許運転になる。この限定解除という実技試験が結構難しく5~6回受けないと合格しないといわれていたが、練習の甲斐あり3回目で合格することができたので、即刻試験場近くのバイク屋をのぞくと新古車(売れ残り)のホンダVF750Fが半値であったので手を打つ。その後、ホンダCBR750、カワサキGPZ600Rのスポーツバイク遍歴を経て現在の4台に至っている。

 先日も高速自動車国道の無料化社会実験中の舞鶴若狭自動車道をW650で走ったが、時間効率の良さはともかく楽しさは一般道に比べあまり感じない。
どうやら効率や合理性のなかに楽しさや面白さを求めるのは無理のようだ。二輪車は雨や暑さ寒さを防ぐ手だてもない非効率な乗り物だが、その不条理さの中に楽しさと開放感がある。
                                      医療検査学科 酒井健雄

2010年8月9日月曜日

ネパールでの出来事
















その1 
ネパールはインフラの整備が不十分でホテルにいても停電が度々起こったり、シャワーのお湯が出なかったりします。停電の時はろうそくの火で食事をしたり、お湯がない時は水のシャワーを浴びたり・・・と、とても大変です。日本で生活をしていると当たり前のことですが、いざ電気やお湯がないととても不自由に感じ、日本では当たり前の生活に感謝します。私は夕刻のネパールの街並みが好きで夕方になるとよくホテルの屋上から町並みを眺めています。裸電球の薄い暗い街並みの中、急いで家路に帰る人々の波はとても活気にあふれています。















その2
ある日、カトマンズ市内で迷子になりウロウロとしていると女の子が声をかけてきました。私が落し物をしたみたいでそれを拾ってくれていました。親切な人だと思いながら私は片言のネパール語と英語で迷子になっていることを告げホテルまでの帰り方を聞こうとすると、なぜか、笑って「休憩していきさいよ」と彼女が経営する小さな衣服店に連れて行かれました。そこで言われるまま座っているとジューズが出てきて、色々な事を聞かれました。残念な事に彼女はネパール語しか話せずほとんど会話の内容が分からなかったのですが、彼女が今、仕事で頑張っていること、日本が大好きなこと、などを話してくれました。その後、帰りの方を教えてもらい無事ホテルまでつきました。迷子になったことが楽しい思い出となりました。

















その3
ネパールでは長年調査研究を行っていますがいつも日本では考えられないようなハプニングが起こります。凄い渋滞で移動できなかったり、スコールによる川の氾濫や土砂崩れで道を阻まれたり、道路がなく半日ほど山を登り調査地に行かなければならなかったり、停電で機械が動かせなかったり・・・と日本で仕事しているより数百倍疲れます。このような日々を過ごしているので帰国の際にはやっと家に帰れるという気持ちになりますが一方でどこか寂しい気持ちになり、また「ネパールに来よう」と思わせるどこか不思議な国です。




2010年8月2日月曜日

アメリカから来神

 平成22年5月に神戸で開催された医学検査学会で、アメリカの臨床検査資格発行している最大機関の代表者が来日されました。学会での講演は2つ、1つはアメリカの臨床検査技師資格が日本からも受験出来る用になった事の概略で、 私が日本側の代表となっており、日本語と英語のジョイントセッション。もう1つは最新の分子病理学について話して頂けました。
 
 難しい話はさておき、アメリカからの皆さんは今回が初めての日本。短時間の滞在期間中に何をしたい?と来日前に聞くと「 神戸で神戸ビーフを食べたい!」とのこと。実は神戸ビーフってアメリカでも有名で 、高級食材店へ行くと貴重品のように売っていますし、ステーキハウスでも別メニューとしている店もあるくらい(お高い)です。


 さて、その神戸ビーフを口にした途端、一同シーンと静まりその後" Awesome!" とか " Great!"とか賞賛の嵐 。あまりに柔らかくジューシーで驚いたのでした。神戸に住み始めて1年ちょっとの私も実は初めて口にしましたが、アメリカの大きいけど大雑把なステーキに慣れていただけに、これぞ日本!って感じで美味しかったです。

 医学検査学会のパーティーではマグロの解体ショーが!日本刀のような長い包丁を手に、あっという間にさばかれていく様子を私も初めてみましたが、アメリカからの二人も驚きの様子で、最前列まで歩み寄り写真を沢山撮っていました。そして、さばきたての新鮮なトロを口にした途端、ここでも絶句。アジア地区ミーティングもあり多忙で短期間の滞在でしたが、神戸で美味しい思いと珍しい光景を目にし、今度はもっとゆっくり滞在したいとシカゴへ戻ってゆきました。

 シカゴに戻ってからメールが届き、多忙で見逃した六甲山からの夜景を次回の楽しみにし、Japanese Beerで乾杯しようとの事でした。無事に帰国され、ホントよかったです。