私は、この春に神戸常盤大学に着任しました。
それまでの勤務先は田園風景の中にありましたので、
キャンパスから海が見える風景はとても新鮮です。
本学キャンパスでは、さまざまな場所から海を見ることができますが、
その中でも特に気に入っているのは、
本館(旭記念館)5階と7号館(研究室棟)3階を結んでいる「ブリッジ」からの風景です。
なので、研究室から本館に行く時は、必ず通るようにしています。
ここからはキャンパスの緑の木々越しに、
沖を行く船の姿を見ることができます。
海の表情は、時々の気象条件や時間帯によって刻々と変化していきます。
澄み切った青空と深い青色の海が見られる時もあれば、
どんよりと曇った空に鈍色の海の時もあります。
夕焼け色に染まった空と海の風景は、
思わず足を止めるほどに美しいです。
これから季節が変化するに伴って、
海の表情もどんどんと変化していくと思います。
夏では積乱雲と海のコントラストが楽しみですし、
秋では紅葉したキャンパスの木々との共演が楽しみです。
冬には、雪と海の風景を見ることができるでしょうか。
いずれにしても、これからもずっと、
私は風景を楽しみながらブリッジ」を渡り続けると思います。
写真は、「ブリッジ」から見た、梅雨空と海です。
空は曇り空ですが、木々はとても元気です!
こども教育学科 教員
2013年6月10日月曜日
2013年6月3日月曜日
夜景が問いかける
人生の大半を田舎で過ごした私にとって、
神戸での新生活はなにもかも新鮮です。
きらきら光る高層ビル、
公園で遊ぶ子供たちのさんざめく声、電車の音、
居酒屋から漂う焼魚の香ばしい煙、
都会に長らく住んでいる人には、
新鮮でもなんでもない日常。
それらが私には快い。
田舎は静かです。
高層ビルの代わりにある緑豊かな山々、子どもたちがいなくなって
雑草の茂った公園、一時間に一本しか来ないディーゼル車、
段畑の枯草を焼く土の香りの煙。
これも同様に田舎に長らく
住んでいる人には新鮮でもなんでもない日常。
時の流れさえもゆったりと・・・。
人が快いと感じる環境とはいったい何でしょう。
そこに住む意味とは何でしょう。
研究棟のエレベーターホールから見える神戸の夜景は、
私にその意味を問いかけます。
神戸での新生活はなにもかも新鮮です。
きらきら光る高層ビル、
公園で遊ぶ子供たちのさんざめく声、電車の音、
居酒屋から漂う焼魚の香ばしい煙、
都会に長らく住んでいる人には、
新鮮でもなんでもない日常。
それらが私には快い。
田舎は静かです。
高層ビルの代わりにある緑豊かな山々、子どもたちがいなくなって
雑草の茂った公園、一時間に一本しか来ないディーゼル車、
段畑の枯草を焼く土の香りの煙。
これも同様に田舎に長らく
住んでいる人には新鮮でもなんでもない日常。
時の流れさえもゆったりと・・・。
人が快いと感じる環境とはいったい何でしょう。
そこに住む意味とは何でしょう。
研究棟のエレベーターホールから見える神戸の夜景は、
私にその意味を問いかけます。
2013年5月27日月曜日
気分転換
新卒時代に上司から言われ、ずっと大切にしてきた考え方がありました。「『忙しい』と言わない」ということです。よく言われるように「忙しい」は心が亡くなると書きます。「忙しい」と言っている人は、本当に心のない生活、仕事になり、周囲には余裕がない人に見え、恰好が悪い。スマートに仕事をしないと、良い仕事にもならない、とのことでした。
そんな時代から数年たち、大切にしていたはずなのに、最近「忙しい」という言葉が口をついてでることが多くなってしまっていました。本当に余裕のない生活をしているな・・・と感じていました。
そんなときに、趣味といえるような活動に誘って頂き、「忙しくて時間がないけど・・・」参加してみることにしました。この時間だけは、完全に趣味に没頭しています。そうすると、他のことをする時間もないほど忙しかったはずが、逆に「忙しい」の言葉も少なくなり、心に余裕が出てきました。 気分転換は大切と言いますが、こんなにも効果があるとは・・・。
忙しさは、自分で余裕をなくしているだけ。余裕と時間を無理にでも作ることで、そのような生活に変わっていくのだと実感しました。 恰好良い社会人になるために、学生のうちから、気分転換の方法、趣味を作ってみて下さい。
そんな時代から数年たち、大切にしていたはずなのに、最近「忙しい」という言葉が口をついてでることが多くなってしまっていました。本当に余裕のない生活をしているな・・・と感じていました。
そんなときに、趣味といえるような活動に誘って頂き、「忙しくて時間がないけど・・・」参加してみることにしました。この時間だけは、完全に趣味に没頭しています。そうすると、他のことをする時間もないほど忙しかったはずが、逆に「忙しい」の言葉も少なくなり、心に余裕が出てきました。 気分転換は大切と言いますが、こんなにも効果があるとは・・・。
忙しさは、自分で余裕をなくしているだけ。余裕と時間を無理にでも作ることで、そのような生活に変わっていくのだと実感しました。 恰好良い社会人になるために、学生のうちから、気分転換の方法、趣味を作ってみて下さい。
2013年5月20日月曜日
「禁酒の友」の実力
私は仕事で地方へ出張することが多いのですが、宿泊を伴う出張の際は、一日の疲れをとる妙薬として、その土地のお酒を飲むことを楽しみにしています。しかし、毎年花粉が飛散する2月から5月の連休明けまでは、花粉症が悪化するので禁酒を余儀なくされ楽しみが減ってしまいます。そこで、この時期に多く登場する食材が「酒粕」です。
酒粕は、酒を造る際にもろみをしぼった後に残るしぼりかすです。お酒の中でも特に好きなのが日本酒なので、酒粕でつくる粕汁は毎週のように食卓に登場します。リラックスタイムには酒粕で甘酒をつくり、その風味を楽しんでいます。私にとって酒粕は大切な「禁酒の友」なのです。
最近、この酒粕に優れた健康&美容効果があることがマスコミで取り上げられています。LDLコレステロール値の低下、便秘の改善、美肌等々…。米を発酵させて日本酒をつくる過程で、体に良い成分が生まれるようです。酒粕には酵母も多く含まれるのでビタミンB群やアミノ酸が豊富とのこと。また、米麹を発酵させたりしてつくる甘酒を、江戸時代の人々は夏バテ防止の栄養ドリンクとして飲んでいたそうです。俳句の世界で「甘酒」は夏の季語だそうで、そういえばスーパー等でも「冷やし甘酒」が売られているのを見かけたことがあります。
単純においしいからという理由で好んでいた酒粕ですが、これからはその恵みに感謝しながらいただきたいと思います。この夏は、ビールの代わりに冷やし甘酒、かな?
酒粕は、酒を造る際にもろみをしぼった後に残るしぼりかすです。お酒の中でも特に好きなのが日本酒なので、酒粕でつくる粕汁は毎週のように食卓に登場します。リラックスタイムには酒粕で甘酒をつくり、その風味を楽しんでいます。私にとって酒粕は大切な「禁酒の友」なのです。
最近、この酒粕に優れた健康&美容効果があることがマスコミで取り上げられています。LDLコレステロール値の低下、便秘の改善、美肌等々…。米を発酵させて日本酒をつくる過程で、体に良い成分が生まれるようです。酒粕には酵母も多く含まれるのでビタミンB群やアミノ酸が豊富とのこと。また、米麹を発酵させたりしてつくる甘酒を、江戸時代の人々は夏バテ防止の栄養ドリンクとして飲んでいたそうです。俳句の世界で「甘酒」は夏の季語だそうで、そういえばスーパー等でも「冷やし甘酒」が売られているのを見かけたことがあります。
単純においしいからという理由で好んでいた酒粕ですが、これからはその恵みに感謝しながらいただきたいと思います。この夏は、ビールの代わりに冷やし甘酒、かな?
2013年5月13日月曜日
さくらんぼ
5月になり、学内にはツツジの花が満開で明るい気分になります。
そこで、学内を少し探索してみました。
4月には桜が満開だったなあと思い、そこで思いついたのが『さくらんぼ』。
もしかして、さくらんぼがなっているかもと期待をし、毎年赤くきれいな実(さくらんぼ)をたくさんつける木の下に…
この日は快晴でした。そこで… 太陽があたるところには赤い実がなっているかも、他にさくらんぼがなる木はあるのかなどを考え、思い当たる木の下にいきました。
そこで、学内を少し探索してみました。
4月には桜が満開だったなあと思い、そこで思いついたのが『さくらんぼ』。
もしかして、さくらんぼがなっているかもと期待をし、毎年赤くきれいな実(さくらんぼ)をたくさんつける木の下に…
みつけました! (青い)さくらんぼがなっていました。
この日は快晴でした。そこで… 太陽があたるところには赤い実がなっているかも、他にさくらんぼがなる木はあるのかなどを考え、思い当たる木の下にいきました。
今年第一号のさくらんぼ(だと思います)。
今年もきれいな実をみることができるかな。
2013年5月6日月曜日
前回(2010年8月)に引き続きネコのチイのお話
昨年の末にチイはこの世を去りました。13年間のお付き合いで、亡くなったショックが大きかったです。亡くなる前は飲みものや、食べ物を吐き、見た目でも痩せ細って、病院に行っては点滴の繰り返しで約1ヶ月間の闘病生活でした。死ぬ前には、「ギャオを」数回いって午前3時ごろに痙攣しながら私の目の前で亡くなりました。
何といったのでしょうか「ありがとう」と言っていたのか、手術を拒否した選択に対して「なぜ手術をしてくれなかったのか」と言っていたのか。後々心に残る場面でした。このチイが生きた期間は、私にとって激動の時期でした。父が亡くなり、母は介護施設に、子供は中学生から看護師へとなり手元から巣立ちし、私は癌になり、人工透析を受けることになり現在に至っています。チイは嫁にとっても鬱病の癒しでした。私が仕事に出ている間の話し相手でした。
そういう意味でチイは私の家族の一員でした。・・・チイありがとう。・・・
何といったのでしょうか「ありがとう」と言っていたのか、手術を拒否した選択に対して「なぜ手術をしてくれなかったのか」と言っていたのか。後々心に残る場面でした。このチイが生きた期間は、私にとって激動の時期でした。父が亡くなり、母は介護施設に、子供は中学生から看護師へとなり手元から巣立ちし、私は癌になり、人工透析を受けることになり現在に至っています。チイは嫁にとっても鬱病の癒しでした。私が仕事に出ている間の話し相手でした。
そういう意味でチイは私の家族の一員でした。・・・チイありがとう。・・・
2013年4月29日月曜日
幼児の知的なこころの発達を願って
子どもは、生まれながらにして好奇心と探究心を持ち合わせているといわれます。それは、500万年程前に、人類の祖先が森林生活からサバンナへと移り、二足歩行を獲得して、未知なる物へ、好奇心と探究心を働かせて進化してきたという歴史が、私たち人間の本性として、現在も受け継がれているからなのです。
この好奇心と探究心を持って、無心に遊ぶ幼児期の子どもを観察すると、遊びの中で、実に多くのことに気付き、学び、発達のきっかけを得ていることが分ります。そこには、五感を働かせ、子どもなりに考え工夫しながら試し、失敗を繰り返し気付いていく過程があります。子どもの気付きは、大人の目から見れば些細なことであったり、当然のことと思えるものであったりしますが、子ども自身にとってはひとつひとつが意味のある発見であり、体験から得た大事な知識なのです。
幼児期の子どもの遊びの充実には3つの「間」が必要だといわれます。ひとつは、時間。誰にも邪魔されないで、集中できる間、ゆったりとした雰囲気が保たれている間、自由な雰囲気に満ちた時間です。次は空間。安全で、十分に楽しみつつ、発達が保障されるような環境です。そして三つ目は人間(仲間)。共通の願いを持った友達や自分を理解し支えてくれる大人です。
レーチェル・カーソンは、これから子どもを育てようとしている若い両親に向けて、幼児期の子どもに寄り添う大人の役割について次のように述べています。「生まれつきそなわっている子どもの『センス・オブ・ワンダー=神秘さや不思議さに目を見はる感性』をいつも新鮮に保ち続けるためには、私たちの住んでいる世界のよろこび、感激、神秘などを子どもと一緒に再発見し、感動を分かち合ってくれる大人が、少なくとも一人、そばにいる必要があります」※
日々の生活の中で、良き出会いの時を分かち合える大人に見守られれば、子どもは、自ら伸びようとするエネルギーを発揮できるというのです。ですから、先回りして教えようとしたり、大人の判断を子どもに押し付けたりして、子どもの育ちの邪魔をするのではなく、ともに楽しみ、時には、遊びのヒントを与えたり、一緒に考えたり、励ましたりする、よき援助者であることこそが、大人の役割であるというのです。
考える、分かる、知るなど、幼児期に望まれる「知的発達」の芽は、日々の遊びの中で、好奇心と探究心に支えられた基本となる経験を十分にすることを通して、はじめて培われていくものです。子どもが何に気付き、何に心を動かしたかを受け止め、見逃さず、ともに感じようとする大人がそばにいることによって、子どもは、次への意欲を得ることができるのです。子どもが試したり、失敗したり、繰り返し夢中になって遊びこめる環境を作り出し、それぞれの気付きや発見を大切にしたいと思います。
他の霊長類に比べて、長く特別な期間であると言われる人間の幼児期を、大切にゆったりと、育んでいきたいものです。
上月素子
※『ザ・センス・オブ・ワンダー』(佑学社)より。アメリカの女性海洋学者であり、地球環境の汚染を鋭く告発した『沈黙の春』の著者でもある。
この好奇心と探究心を持って、無心に遊ぶ幼児期の子どもを観察すると、遊びの中で、実に多くのことに気付き、学び、発達のきっかけを得ていることが分ります。そこには、五感を働かせ、子どもなりに考え工夫しながら試し、失敗を繰り返し気付いていく過程があります。子どもの気付きは、大人の目から見れば些細なことであったり、当然のことと思えるものであったりしますが、子ども自身にとってはひとつひとつが意味のある発見であり、体験から得た大事な知識なのです。
幼児期の子どもの遊びの充実には3つの「間」が必要だといわれます。ひとつは、時間。誰にも邪魔されないで、集中できる間、ゆったりとした雰囲気が保たれている間、自由な雰囲気に満ちた時間です。次は空間。安全で、十分に楽しみつつ、発達が保障されるような環境です。そして三つ目は人間(仲間)。共通の願いを持った友達や自分を理解し支えてくれる大人です。
レーチェル・カーソンは、これから子どもを育てようとしている若い両親に向けて、幼児期の子どもに寄り添う大人の役割について次のように述べています。「生まれつきそなわっている子どもの『センス・オブ・ワンダー=神秘さや不思議さに目を見はる感性』をいつも新鮮に保ち続けるためには、私たちの住んでいる世界のよろこび、感激、神秘などを子どもと一緒に再発見し、感動を分かち合ってくれる大人が、少なくとも一人、そばにいる必要があります」※
日々の生活の中で、良き出会いの時を分かち合える大人に見守られれば、子どもは、自ら伸びようとするエネルギーを発揮できるというのです。ですから、先回りして教えようとしたり、大人の判断を子どもに押し付けたりして、子どもの育ちの邪魔をするのではなく、ともに楽しみ、時には、遊びのヒントを与えたり、一緒に考えたり、励ましたりする、よき援助者であることこそが、大人の役割であるというのです。
考える、分かる、知るなど、幼児期に望まれる「知的発達」の芽は、日々の遊びの中で、好奇心と探究心に支えられた基本となる経験を十分にすることを通して、はじめて培われていくものです。子どもが何に気付き、何に心を動かしたかを受け止め、見逃さず、ともに感じようとする大人がそばにいることによって、子どもは、次への意欲を得ることができるのです。子どもが試したり、失敗したり、繰り返し夢中になって遊びこめる環境を作り出し、それぞれの気付きや発見を大切にしたいと思います。
他の霊長類に比べて、長く特別な期間であると言われる人間の幼児期を、大切にゆったりと、育んでいきたいものです。
上月素子
※『ザ・センス・オブ・ワンダー』(佑学社)より。アメリカの女性海洋学者であり、地球環境の汚染を鋭く告発した『沈黙の春』の著者でもある。
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