2011年1月17日月曜日

“ケアリング”に思う

 本学の保健科学部の「教育研究上の理念、目的」の一つに、“トータルヒューマンケアの視点を身につける”とあります。また、看護学科の教育目標に「看護の対象の個別性・特性を尊重し、“ヒューマンケアリング”を行うことのできる能力を養う。」とあり、医療検査学科では「ト-タルヒューマンケアを身につける。」とあります。では、各学科において、“ケアリング”“ヒューマンケアリング”について定義や概念を学ぶ科目がどのくらいあるのでしょうか。教職員や学生はどのように認知しているのでしょうか。私自身、どのように認知し取り入れているか、十分ではないことを反省しています。

 私は、若い頃、“ケア”という用語を使うのは看護職だけだと無意識の中で思っていました。しかし、哲学者ミルトン・メイヤロフ(Milton Mayeroff)の著書「ケアの本質~生きることの意味~」に出会い認識を変えられたのです。

 「ケア」について、メイヤロフは、「ケアの本質~生きることの意味~」の〈序〉において、『ケアすることを一般的に記述すること、ケアすることがどのようにして全人格的な意義を持つか、その人の人生にどのような秩序づけを行うか』の説明を主題とし、ケアする経験、ケアされる経験について詳細に述べ、ケアの主要素として、知識・リズムを変えること・忍耐・正直・信頼・謙遜・希望・勇気を挙げて説明しています。

 ◇ケアとは;「一人の人格をケアするとは、最も深い意味で、その人が成長すること、自己実現することをたすけることである。(略)相手が成長し、自己実現することをたすけることとしてのケアは、ひとつの過程であり、展開を内にはらみつつ人に関与するあり方であり、それはちょうど、相互信頼と、深まり質的に変わっていく関係とをとおして、時とともに友情が成熟していくのと同様に成長するものなのである。」
   「他の人をケアすることをとおして、他の人々に役立つことによって、ケアする人は自身の生の真の意味を生きているのである。の世界の中で、私たちが心を安んじていられるという意味において、この人は心を安んじて生きているのである。それは支配したり、説明したり、評価しているからではなく、ケアし、かつケアされているからなのである。」

 ケアは決して医療関係や看護の世界だけのものでなく、一般に母子関係や親子関係、友人関係、教育における教師と学生(生徒)の関係においてもいえることであり、ケアの対象は、常に特定の誰か、特定の何かという具体的なものです。

 看護学や教育学においてもケアリングの研究は進められ、発展しています。
 看護学では、マデリン・レイニンガー(Madeleine M Leininger)、ジーン・ワトソン(Jean Watson)、パトリシア・ベナー(Patricia Benner)など看護理論の展開のなかで説明している理論家は少なくありません。

 文化ケア理論の創始者であるレイニンガーは、文化人類学の手法を取り入れて患者とその家族の価値観や人間関係のあり方の研究をとおしてヒューマンケアリングを系統的に研究し、“ヒューマンケアリングこそが看護の本質である”と述べた最初の人として知られていて、レイニンガーは、「ケアは看護の真髄であり、看護の中心的、優先的で中心をなす焦点である」とする命題を提案しました。
 レイニンガーは、ケア、ケアリングを以下のように定義しています。

◇ケアとは、「人間の状態や生活の仕方を改良、改善するために、明らかにニードのある、またはニードがあると予想される他者に働きかけ、または他者のために経験と行動を助け支援し、できるようにすることに関係した、抽象的なそして具体的な現象を指す」
◇ケアリングとは、「人の状態や生活の仕方を改良、改善したり、死と立ち向かわせるために、明らかにニードのある、またはニードがあると予想される他の個人や集団を助け、支援し、それができるようにすることに向けられた行為や活動を指す」
  →ケアは現象であり、ケアリングは行為・活動である。

 ワトソンは、ヒューマンケアリング理論の提唱者です。
 ワトソンは、「人と人との関係のなかでケアリングは成り立ち、ケアリングによって健 康がもたらされ、ケアリングを実践することが看護の目指すところである」と述べ、看 護のあるべき姿について論じています。

◇ヒューマンケア(human care)とは、「看護の道徳的な次元での理念」であり、「ヒューマンケアとは、感情とか、関心、心構え、人のためになりたい願望といったものではない。看護を道徳的理念から観た場合に、ケアといわれるのであって、そこにおいては、人間的尊厳を守り、高め、維持することが目的とされている。」

 ワトソンは、トランスパ-ソナルな関係性を重視し、近年では、ケアリング理論の基盤となるものを「トランスパ-ソナル、ケアリング」であると述べている。

◇トランスパーソナル(transpersonal:人間と人間のとの間の、または間人的、個人を超越したという意味)とは、人間対人間の間主体的な関係を指し、看護師という人間が、もう一人の人間に影響を与えると同時に影響を与えられる関係のことを言います。
◇トランスパーソナルケアリング(transpersonal caring)とは、「人と人との結びつきであり・・・お互いがお互いの人間の核心に触れ合うもの」と定義されています。


 ケア/ケアリングを行うには、単に感情’(優しさ)だけでは成立しません。メイヤロフ がいうように、知識・リズムを変えること・忍耐・正直・信頼・謙遜・希望・勇気などがそ こになくてはなりません。また、ワトソンが言うように、お互いの人間の核心に触れ合う結びつきでなければならないと思うのです。それは人間として、その上に看護専門職人として、教育者として・・・。
 看護学では重要な理論と考えられています。ケアリング理論の真髄が、「看護師が患者とともにそこにいる意味をを示すものであり、看護独自の専門性を支えるものである」というところにあります。

 難しいですね。私も、今、学習の途上で、十分にケアリングを伝えられません。
 学生の皆さん、一度ケアリングについて学習してみませんか?

★全学生(看護学科以外の学生の皆さんにも)の皆さんにお勧めです。
1)ミルトン・メイヤロフ著、田村真・向野宣之訳、「ケアの本質~生きることの意味~」、ゆみる出版、2000.

★看護学科の学生、看護のケアリングに関心のある学生さんにお勧め
2)Ann Marriner-Tomey著、都留伸子監訳、「看護理論家とその業績」、医学書院、1991.
3)マデリン M. レイニンガ-著、稲岡文昭監訳、「レイニンガ-看護論~文化ケアの多様性と普遍性」 、医学書院、1995.(4900円+税)
4)Watson, J.著、稲岡文昭監訳、「ワトソン看護論~人間科学とヒューマンケア」、医学書院、1988.
5)Jaqueline Fawcett著、太田喜久子、筒井真優美監訳、「フォ-セット~看護理論の分析と評価」、医学書院、2008.(4000円+税)

★その他
6)Em Olivia Bevis、Jean Watson著、安酸史子監訳、「ケアリングカリキュラム~看護教育の新しいパラダイム」、医学書院、1999.(3800円+税))
7)中野啓明著、「教育的ケアリングの研究」、樹村房(発行所)、2002.