2011年6月6日月曜日

 「同窓会のバラ」



 通信制課程の教室がある4号館前の植え込みには欅の大木が茂っている。厳冬の冬は枯れたように葉を落とし春はいち早く新芽をつける。早緑の美しさに見とれている間にぐんぐん葉が茂り、4月末には3階の研究室の窓はさながら緑のカーテンを引いたようになる。
 欅の木間には紫陽花、椿・バラ・つつじがそれぞれの季節を違えることなく花をつける。神戸常盤大学のキャンパスの此の場に根付き、年々歳々自身のありのままを淡々と生きているようだ。内緒にしていたが、時々花盗人になって小枝を折り研究室に頂戴するが、そのときは必ず「ごめん頂きます、ありがとう」と言い訳に挨拶している。
 昨年の初夏に、この欅の根元に一本のバラの苗木を植えた。昨年の夏は暑さが厳しく枯れるかと心配したが、学園祭の日にこのバラの産みの親である卒業生とともに、小さな芽を確認して喜びあった。このバラに「同窓会のバラ」と私が勝手に名前を付けている。
 2009年3月の卒業式は大雨だった。2007年に一緒に入学した学生の卒業で私にとっても始めての卒業式だった。県立文化体育館での祝賀会で、学位記を手にした卒業生の顔は安堵と自信と喜びに輝いていた。卒業までの苦労が思い起こされ、長い看護教員生活で幾度となく卒業生を送り出した私にも感慨深い祝賀会だった。祝賀会も終わり、退席する卒業生に同窓会からバラが一輪贈られる。教員が1人ひとりの卒業生に言葉をそえてそのバラを手渡す。その年の夏、「卒業式のバラが咲きました」と言って真紅のバラを一枝持って、卒業生が研究室を訪ねてくれた。聞けば祝賀会で貰ったバラが、帰宅すると花が折れていた。雨で和服の濡れるのを気にして花に注意がいってなかった。申し訳ない気がして庭に挿し芽した。それが根付いて花をつけたということだった。私はとても感動した。花頸の折れたバラに命をつなごうとした卒業生が愛おしく、一気にいろいろな思いがこみ上げたようだった。こんなに喜んでくれるなら、と卒業生は根付いたバラから再度挿し芽して、もう一株のバラを育て、昨年の初夏に鉢に移し替えて届けてくれた。研究室のクーラーは花に適さないと考えて花壇に鉢を下ろした。用務員の黒田さんに何としても育てたいと相談し、植え替えの時期を計っていただいた。今バラはしっかりと根付いており、根っこには新しい力強い芽が伸びて存在感を示している。もう直ぐ花をつける準備をしている。
 「先生、あの日花の頸が折れていなかったら、挿し芽をしようとは考えなかったと思うんです」その卒業生のことばである。神戸常盤の通信で学び、学ぶ事の出来る喜びと知る楽しさに励まされて卒業し看護師になり今の自分がある「学校のおかげです」と。困難にぶつかってもあきらめなかった自分への思いがバラの命をつないだということだろうか。
 この小さなバラの若木も深く根を張り、やがてずっと前からここにいるような顔で、季節には自分らしく花をつけるだろう。出勤時挨拶するのが習慣になった。ときわで学ぶ通信の卒業生の誇りと「ときわ人」の思いを明日につないでおくれ「同窓会のバラ!」と。




短期大学部看護学科通信制課程  高宮洋子