2011年10月3日月曜日

ボルト選手の失格に際して

 今夏、韓国・テグで世界陸上2011が行われました。みなさんはご覧になりましたか? 世界陸上の正式名称は世界陸上競技選手権大会。かつては4年に1度行われ、現在は2年に1度開催される陸上競技の世界一を決める大会です。

 私は小学生の頃から大学院の途中までずっと陸上を続けていました。今でも陸上に対する関心は強く、日本選手権を見に行ったりもしています。自分がスプリンターだったこともあり、やはり最も注目する種目は男女の100メートルです

 ウサイン・ボルト選手のことは、皆さんご存知だと思います。男子100メートルの世界記録保持者です。今回の世界陸上でも「世界最速の男」として紹介されていました。一般的に、男子100メートルに対する関心は他の種目とはけた違いに大きいと思います。それは日本に限ったことではありません。ボルトが優勝するかどうか、どんな記録を叩き出すか、世界中が注目していました。

 そんな男子100メートル決勝。ご覧になった方はご承知の通り、ボルトはフライングで失格になってしまい、決勝レースを走ることができませんでした。フライングに関するルールが今大会から厳しくなり、フライング1回で即失格となったためです。かつては同じ選手が2度フライングを犯した場合その選手は失格でした。その後、1つのレースで1度目にフライングしたのが誰であれ2度目にフライングした選手が失格となるルールになりました。それがさらに改定されて今回のようなルールになったのです。

 私はテレビでその様子を見ていたのですが、ボルト失格の瞬間、会場中の溜息を聞いた気がしました。ボルト自身、走ることさえできなかったことでどれほど悔しく、また悲しい思いをしたでしょうか。

 ボルトが失格になった後、残りの選手で男子100メートルの決勝が行われました。そこでの結果ももちろん出ました。でも私はやはり「もしボルトが走っていたら?」と思わずにはいられません。2年に1回しかない世界大会です。世界最速を決める貴重な機会がこのようなことになってしまい、本当に残念でした。

 この残念な結末の原因をルールの厳格化に求める声もあります。従前のルールなら、恐らくボルトが失格になることはなかったはず。私にもそういう想いは少しあります。私も現役選手として走っていた頃に何度かフライングをしてしまったこともあるので、短距離走におけるスタートの重要性とその難しさは身をもって理解しています。

 フライングに関するルール改定の背景に、オリンピックや世界陸上の「商業化」があるのは事実でしょう。フライングが繰り返され、レースがなかなか始まらず、予定されていた生中継のテレビ放送時間内にレースが行われない、というような事態を避けるためです。

 しかし、「2度目が失格なら、1度目は一か八か」などと考える選手がいるのもまた事実です。もっと悪い場合は、わざとフライングして他の選手の集中力を削ごうというようなこともあるでしょう。そう考えると、「フライングを犯せばその場で失格」というのは、最も合理的で、全ての選手に公平なルールだと私は思うのです。

 同じようなことは、日常生活の様々なことに言えます。ある決まりが原因で不利益を被ると、「あんな規則が悪い」ということを思いがちですが、しかしそのルールの正当性や合理性は、それがどのような状況で誕生し、その影響はどの範囲に及ぶのか、慎重に考えた上で判断する必要があります。換言すれば、短絡的なものの見方をするのではなく、常に広い視野で見ることが大事ということです。これは「悪法も法なり」ということではありません。それが悪法かどうか、一面的に判断すべきではないということです。

 ところで、陸上競技を実際にやっていないと、試合で選手が真剣に走っている姿を目にする機会はあまりないかもしれません。もし関心を持ったなら、一度生で見てみて、その速さを体感してください。わずか10秒の闘いがいかにすごいか、肌で感じてみてください。素晴らしい経験になると思いますよ。

                       幼児教育学科 出口英樹